2025年5月18日「イエス様は、私の内に生きておられる」

 ガラテヤの人々は、偽教師によって、イエス・キリストの信仰だけでなく、律法も必要だと考えるようになっていました。それに対してパウロは、「しかし、今は神を知っている、いや、むしろ神から知られているのに」と言います。私たちが、神様を知ったのは、自分が求めたからだと思っています。しかし、私たちの思いよりも先に神様が、私たちを知ってくださり、神様から義とされ、神の子と認められて、律法から解放してくださっているのです。それなのに、もう一度律法の奴隷に戻ろうとしていたからです。
 さらに、パウロは、「もう一度あなたがたを産もうと苦しんでいます。」と言います。それは、イエス・キリストの福音に立ちかえって、「キリストがあなたがたの内に形づくられる」ことを願うからです。私たちは、神様を知っていくのではなく、神様に知られていることを知ることによって、わたしの内にキリストが生きておられて、キリストが私たちの内に形づくられることになります。そうすれば、イエス様以外のものに頼る必要はありませんし、キリストの愛と希望によって生きる者とされるのです。(牧師 篠田 裕俊)