2026年2月8日「神のものとして生きる自由」 

聖書 マルコによる福音書 7章1~13節

 今日の聖書は、イエス様が「神の掟」と「人間の言い伝え」の違いをはっきり示された場面です。ファリサイ派の人々は「昔の人の言い伝え」という宗教的儀式を重んじ、手を洗わずに食事をする弟子たちを批判しました。彼らは神を敬う情熱から律法(ルール)を細分化しましたが、いつの間にか、その決まりを守ること自体が目的となり、それが「自分を正しいとし、他者を裁く基準」となり、神の心から遠ざかっていたのです。
 イエス様はこれを「人間の言い伝え」と呼び、外見的な清さよりも心の在り方を問われました。弟子たちの中には手を洗う者も洗わない者もいたと推測されますが、イエス様はその自由を認められました。それは、軍隊のような画一化ではなく、各々が神の前に判断する自由な集団であったことを示しています。
 私たちはしばしば、他人の目や社会の評価を気にし、本質的には「どちらでもよいこと」に縛られて生きています。しかし、真の自由は、自分の好き勝手に振る舞うことではなく、自分を神に献げられたもの(コルバン)として、神の支配下に置くことで得られます。私たちが「自分のもの」であることをやめ、「神のもの」として生きる時、自己正当化や他者への裁きから解放されます。自分の努力ではなく、キリストの十字架の愛によって「主のもの」とされた恵みを受け入れ、神の御心を見つめて自由に歩みましょう。(牧師 篠田 裕俊) 

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