2026年3月29日 「絶望の闇に射す希望の光」

聖書 マルコによる福音書15章33~41節

 2025年度の歩みが、神様の導きと皆様の祈りとお支えによって守られたことを感謝いたします。
 今週は受難週です。イエス様の受難の日に起こった出来事を通して、十字架の意味を見つめたいと思います。受難日の午後、全地を覆った闇は、人間の残酷さや身勝手さといった「罪の闇」そのものであり、その上に臨んだ神の裁きを象徴しています。そしして、イエス様の「なぜわたしをお見捨てになったのですか」という叫びは、私たちの罪と苦しみをすべて背負われたゆえの叫びです。この十字架は単なる悲劇ではなく、人間の罪の現実と、それを担われたキリストの愛がここに示されています。
 百人隊長は、なぜ「本当にこの人は神の子であった」と告白したのでしょうか。イエス様の十字架を見続けた彼は、神様の働きに圧倒されて、自分を委ねたのでしょう。このように、十字架は人の心を変える力を持っています。私たちもまた、イエス様の十字架の前に立ち、自分の罪と向き合い、赦しを受け取るよう招かれています。イエス様は遠い存在ではなく、苦しみのただ中に共におられるお方です。
 イエス様の受難の出来事は、私たち一人ひとりへの愛の出来事です。イエス様は、「わが神」と呼びかけ、命を捨ててまで私たちを愛してくださっています。その愛に包まれて、希望のイースターへと共に歩んでまいりましょう。(牧師 篠田 裕俊)

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