「道になられる救い主」 ヨハネ14:6

マタイによる福音書はイエス様の誕生の出来事において、占星術の学者たちが来た事を伝えています(2:1~12)。彼らは東の国からやって来ました。東にはかつてイスラエルを支配したアッシリアやバビロニアやペルシアといった巨大な国がありました。戦いに勝って他の国を支配して大きくなり、戦いに敗れて飲み込まれてゆく。そんな事を繰り返していましたが、この時代は西にあるローマ帝国のためにすっかり落ちぶれています。「東の国」にはそんな意味があります。

彼らは新しい王を求めます。イスラエルに新しい王が出現する、との情報を得て、彼らはイスラエルに行きます。行った先は首都エルサレムの王の宮殿です。王を求めて王の宮殿に行く。至極当然の事です。しかし、そこに王はいませんでした。さらにエルサレムの人々は新しい王の誕生の事すら知りませんでした。王は自分の地位が危ういのかと恐れ、人々はこの暮らしが変わるのか、と不安になります。

しかし王はエルサレムではなく、そこから10キロほど南下したベツレヘムという村で生まれました。眩しい光のすぐ側は一番その存在が消し去られる場所です。けれども、救い主を示す星は占星術の学者たちをベツレヘムに生まれた幼子へ導きます。その星は神様の矢印です。

「ここを見てごらん!ここに私の伝えたいものがあるよ」。「学者たちはその星を見て喜びにあふれた」(10節)と書かれています。彼らは何もまだ見ていません。でも、星が「彼だ」と言っているのです。神様が「ここに私の子がいる」と言われるのです。立派な行いが出来る人はたくさんいます。人の心を打つ話の出来る人もたくさんいます。不思議な事を行う事が出来る人もたくさんいます。イエスもそうです。しかし、大切なのはそのイエスを神が「私の子」と示した事です。イエスの歩みが神様のつながっているということです。だからイエス様なのです。

占星術の学者たちはイエス様と出会い、捧げ物をして帰ります。彼らは「別の道を通って自分たちの国へ帰って行った」(12節)とあります。「別の道」とは神様につながる道です。戦いに勝つ道ではなく、この世的な豊かさを求める道でもなく、小さな命と共にあるその道こそ神様につながっています。「私はベツレヘムに私の子を与える。ここに私につながる道を備える」クリスマスにはそんなメッセージがあります。(牧師:田中伊策)

道になられる救い主 ヨハネによる福音書14章6節