「愛されたから愛する」 ヨハネⅠ4:19

私達は教えてもらったことしか知りません。私達が知っている事はみんな教えてもらったものです。私達が愛する事が出来るとすれば、それは愛されてきた証拠です。そしてその証拠はあります。私達が生まれた事、私達がこうやって生きている事そのものが愛されてきた証拠です。母親の愛無くして赤ちゃんが生まれる事は出来ません、親や周りの人の愛無くして何もできない赤ん坊が大人になることは出来ません。そこに愛があります。それが何百年も、何千も、何万年も、続くのは最早奇跡です。人が生き続ける、人が愛し続ける事が出来るのはそこに神様が一緒だったからだと私は信じます。

困っている人たちのところに、悲しんでいる人たちのところに、神様を必要としている人たちのところに行って大切な働きをしている方々がおられます。「悲しいね、辛いね。でも、こうやって一緒に生きる私達の間に神様はおられるよ。私達を愛して下さっているよ」そう言葉や行いで伝えている人たちです。その姿は誰かに似ています。そうですイエス様です。この外国に出て行って様々な働きをされている人たちは、イエス様がされたことを行っているのです。人は見たものしか知りません。聞いたことしか知りません。

きっと、この人たちはイエス様と出会ったのです。そして「悲しいね、辛いね。でも、こうやって一緒に生きる私達の間に神様はおられるよ。私達を愛して下さっているよ」って話しかけられたのです。そして「神様から愛されている」と強く思ったのです。そして「あなたが愛されているように、あなたも愛しなさい」という神様の声を聞いたのです。だから愛するのです。「私達が愛するのは、神がまず私達を愛して下さったからです」(ヨハネの手紙一4:19)とはそういう事です。 (牧師:田中伊策)

「愛されたから愛する」 ヨハネの手紙Ⅰ 4章19節