「勝利の白旗」エレミヤ20:7-9

この世は私達にささやきます。お前は何でも出来る。それなのに神様に頼るなんてばからしいじゃないか、って。お金を持てば、権力を持てば、武器を持てば、何でも出来る。それなのに神様だなんてばかだなぁ、って。でも、そうやって目に見えるものばかり大切にし、集めて喜んでいるような生き方の先に現代の、失った者の悲しみ、傷ついた者の痛み、辱めを受けた者の屈辱、追いやられた者の孤独、暗闇の中にいる者の寂しさが分からないような世の中があるのです。

それに対して神の言葉は、私達の小ささに寄り添いながら、共にある事の中にある大きな力を伝えます。それは辛い歩みです。疲れるような歩みです。そしてこの世はピカピカ光って美しく唆します。だから時に私達はその眩しさに神様の言葉を見失い、「もう主の名を口にするのは辞めよう」と思ってしまうのです。エレミヤの姿は私達の姿です。そしてそこには変わらない神の言葉があり、それこそが私達を生かす力であることを示しています。私達は何度も、離れようとしてしまいますが、その度に神の言葉に促され、慰められ、立ち返りたいと思うのです。私達が弱さの中にある時こそ、主の言葉は私達のうちに火のように燃えあがり、そこからまた歩みだし、語り出す力となるのです。
「私の負けです」そう思う、無力な自分で居続ける、その時、神様は勝利し、そしてそれは同時にこの世に対しても勝利してゆくのです。神様への白旗はこの世に対しての勝利の白旗です。
(牧師:田中伊策)

「勝利の白旗」エレミヤ書20章7-9節