「足跡を見ながら」 ガラテヤ5:22-23

「これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。キリスト・イエスのものとなった人達は、肉を欲情や欲望もろとも十字架につけてしまったのです」。(ガラテヤ5:22-23)

「一緒」という事を嬉しく思える、そんな時は神様が私達の心に教えて下さっている時です。その声は聞こえないけれど、神様が心に語りかけてくれる。その聞こえない声が聖霊です。それはまるで風のようです。風は目に見えません。でも、風が吹いていたら誰に言われなくても分かります。

頬に風が当たる時、木が揺れている時、「あっ、風が吹いている」って分かるはずです。同じように、神様は見えないけれど、私達が「イエス様は私達の真ん中に一緒におられる」「神様は私達を愛して下さっている」、そう思える時、感じる時、神様が私達の心に話してくれているのです。見えないけれど心に風が当たるように、神様が教えてくれているのです。そんな時に、私達は嬉しい気持ちになり、一緒である事や仲よくする事を大切にしようと努め、誠実であろうとします。それが「霊の結ぶ実」です。

私達の毎日を時々、振り返って見ましょう。一人一人、そして教会がこれまで歩んできた足跡には何があったでしょう。そこに「愛」とか「喜び」とか「親切」とか「誠実」を見つける事が出来たなら、私達が神様につながって来た証拠です。そうではなく、「よくばり」や「自分勝手」や「羨ましい気持ち」や「仲間外れ」や「争い」があったのなら、私達は神様から遠ざかり、神様を悲しませて来たのだと思います。そして、こんな私達の心を許して下さるためにイエス様は十字架にかかって下さった事を思い出しましょう。

そして、今日からは、またしっかりつながって歩んで行きたいと思います。一人ではなく一緒に。そして毎日、足跡を振り返りながら進みましょう。そこに「霊の結ぶ実」を見つけながら歩むことが出来るように歩みたいと思います。 (牧師:田中伊策)

「足跡を見ながら」 ガラテヤの信徒への5章22-23節