2025年4月6日「裏切られても、愛する者のために」

 イエス様は、最後の晩餐を終えられると、ゲッセマネの園で、「父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように」と祈られます。そして、「人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。」と言われて十字架への道を歩まれます。
 すると、イエス様を裏切ったユダが近づいてきて、イエス様にあいさつの接吻をしますが、それはイエス様を捕えるための合図でした。弟子のペトロは、剣と棒を手にしてイエス様を捕えようとする者の耳を切り落として抵抗します。しかし、イエス様は、「剣を取る者は皆、剣で滅びる」と言われて、耳を切り落とされた者を癒され、抵抗することなく、自分から捕えられるのです。
 世界各地で、武力衝突が続き、多くの人の命が奪われています。剣によって滅びることがあっても、平和を実現することはできません。たとえ剣によって戦いが終わったしても、そこには恨みが残り再び剣を手にすることになります。それに対して、剣をとらないキリストの戦いは、互いに和解を生み、真の平和を実現することができます。(牧師 篠田 裕俊)