2025年4月13日「わたしたちの愛のために」

 十字架のイエス様の頭上には、「これはユダヤ人の王イエスである」という罪状書きが掲げられ、左右には二人の強盗も一緒に十字架につけられました。イエス様が強盗と一緒に、しかも真ん中につけられたのは、罪なきイエス様を罪あるものと示すためでした。しかしそれは、イザヤ書で預言されていたとおり、私たちの罪を代わりに引き受けるためには、罪人として認められなければならなかったからです。
 人々は、イエス様に「神の子なら、十字架から降りて、自分を救ってみろ」と罵声を浴びせます。イエス様が、十字架から降りることは簡単なことです。しかし、そうなさられなかったのは、イエス様は十字架の死を目指して歩んでこられたからです。そして、神の子であるがゆえに、父なる神様の御心に従って、私たちの罪を背負うために、十字架の苦しみをすべて受けられたのです。イエス様は、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれて、私たちと父なる神様との間にある和解の扉を開いてくださいました。イエス様は、すべてを背負い、耐え忍び、死にまで従われました。そのようにしてまで、私たちを愛してくださっているのです。
 今週は受難週です。イエス様の十字架の傍らに立って、イエス様の言葉を聞き、そこで起こった出来事を見て、イエス様によって救われたことを感謝して歩んで行きましょう。(牧師 篠田 裕俊)