イスラエルの民は、神の臨在を象徴する雲に導かれて荒野を旅しました。昼は雲、夜は火のように輝く雲が幕屋を覆い、神が常に共におられることを目に見える形で示していたのです。民は自分たちの思いではなく、「主の命令によって」出発し、「主の命令によって」宿営しました。この姿勢は、信仰によって歩む私たちにとっても模範です。けれども、イスラエルの民は何度も失敗し、神の命令に逆らいました。それでも神は、彼らを愛されて、彼らを見捨てず、導き続けます。
私たちも、自分の思いや都合で歩んでしまう弱さがありますが、イエス・キリストの十字架の恵みにより、何度でもやり直すことが許されています。主の晩餐にあずかる今、私たちは再び主の臨在に触れ、神の家族として生きるよう招かれています。目に見える雲がなくても、御言葉と恵みによって、主と共に歩む日々を大切にしてまいりましょう。(牧師 篠田 裕俊)