イスラエルの民は、神に導かれて約束の地へ向かう旅の中で、不満を爆発させました。厳しい荒れ野の旅、食への飽き、他国人の影響により、民の信仰は揺らぎ、過去の奴隷生活を懐かしむようになったのです。神様は、その不満に憤り、裁きをもって応答されますが、そこには深い悲しみと悩みが込められていました。
民の叫びを受けたモーセは、「この民すべての重荷は、わたしには重すぎます」と神に訴えます。この姿は、十字架上のイエス様にも重なります。モーセの執り成しによって、神の怒りは鎮められました。
私たちの歩みもまた荒れ野です。与えられた恵みに感謝できず、不平を抱えてしまうことがあります。しかし、イエス様は「重荷を負う者は、わたしのもとに来なさい」と招き、私たちの重荷を共に担ってくださいます。
教会は、互いに重荷を担い合い、祈り合う共同体です。それぞれの生活の中で、主に支えられ、隣人のために祈りながら歩んでいきましょう。(牧師 篠田 裕俊)