2025年9月21日「逃れの町。それはイエス・キリスト」 

 人は誰しも、思わぬ過ちや失敗を犯し、「逃げたい、やり直したい」と願う時があります。旧約聖書に出てくる「逃れの町」は、そのような人のために神様が備えられた避け所でした。そこでは復讐から守られ、公正な裁きを受けられましたが、真の解放は大祭司の死を通して与えられました。
 この出来事は、イエス・キリストの十字架を指し示しています。イエス様は私たちの罪を身代わりに背負い、その死と復活によって赦しと新しい命を与えてくださいました。信仰とは条件付きで願うことではなく、「あなたに委ねます」と全てを明け渡すことです。私たちがイエス様を避けどころとするなら、どんな罪や弱さからも守られ、新しい歩みへと導かれます。
 さらに聖書は、私たち自身や教会が他者にとっての「逃れの町」となるように召されていると語ります。互いに裁き合うのではなく、赦し合い、共に生きる共同体となることが、福音に生きる姿です。イエス様が私たちを受け入れてくださったように、私たちも人を迎え入れる教会として歩んでいきましょう。(牧師 篠田 裕俊)